1-2

 「飛鳥ちゃんまじかわええよな~。純もそう思うやろ?」

 

 ぎょっとして後ろを振り向くと体育館の光で黒く反射する姿が見えた。佐々木だ。そうだな。とだけ返した僕につまらなさそうな顔をしながらポカリをごくごくと飲み飲み切るとすぐ飛鳥ちゃんへの熱い想いを語りだした。それにつられるようにほかの部員も佐々木を囲んでうんうんと相槌をうつ。あいかわらず会話の中心になってしまう佐々木には感心する。

 

ーデートするならどこがええかなー、遊園地とかええよな

 

ーわかるわ~、でもシンプルに服見にいったりもええよな

 

ー新しい服買うか迷ってる飛鳥ちゃんくそかわええやろうな~~

 

ーそいや飛鳥ちゃん彼氏できたらしいで

 

ーあ、聞いたことあるそれ2組の横山が歩いてるとこ見たらしいで。誰かはわからんかったらしいけど、確か背が高くてがっちりしてて、

 

 ビーッ、タイマーが体育館を震わす。ええとこなのに鳴るなよなあ、とみんなが口々にぼやく。俺も心の中で小さくうなずいた。柳さんに彼氏。いったいどんな人なんだろう。きっと背が高くてひょうひょうとしたたたずまいをした時々みせるさわやかな笑顔が特徴的な人なんだろうな。いや、少し色黒でがっちりした年上の人かもしれないな。そんなことばかりが頭を駆け回る。柳さんに彼氏。

 

 試合形式の練習はほかの練習よりも熱が入る。特に顧問が見に来るこの時間帯のこともあって今日はいつもよりみな躍起になっていた。パスを受け取ると相手と対峙したときにほとばしるように聞こえる鼓動。鋭く光らせる獲物を狙うかのような視線。徐々に体が熱くなっていくのを感じる。ダンっと強く地面をけりつけ右、左と駆け、視界の右端でとらえた佐々木にワンバウンドでパスを送る。キュッキュと地面を鳴らしシュートを軽やかに佐々木は決めた。頬をしたたるきれいなしずくには目もくれずディフェンスへ走る。5と書かれた赤いビブスはコートの端から端まで縦横無尽に駆け回る。ディフェンス戻るの遅いよ!ボールだけ追いかけても意味ねえから!大きな声で響く指示に部員は将棋の駒のようにせっせと動く。

 

柳さんの彼氏は佐々木。

 

急な風のように脳裏をよぎる。それは仕方ないことだ。背が高くてがっちりしてる人。なおかつ柳さんに似合いそうな男、そうなると一番に佐々木が思い浮かぶ。想像したくなくてもよぎる。想像の中で歩く二人の姿はどれもきれいでさわやかだ、とても俺なんかが勝てる相手じゃない。佐々木はうちのキャプテンでイケメンで背も高くてしゃべりもうまい。今年のバレンタインも5個ぐらい本命をもらっていた気がする。正直俺が目立って勝ててる要素はない。

 

 ふと視線を右にやると柳さんがこちらを見ている。目が合ってしまいそうでぱっと目をそらし、柳さんの視線方向へ向けると二人にマークされている佐々木がいた。

 

ーそいや、飛鳥ちゃん彼氏できたらしいで

 

 せめて、せめてバスケは。そうはやる気持ちの中意識をコートへ戻すと。佐々木からの人と人の間をかいくぐってきたボールがとんできた。受け取ったボールに対して自分の意識以上にぐっと力が入る。前へ前へ進みぎこちないフォームで放ったシュートはリングのふちにあたり転々と転がった。

 

 「おいおい純、さすがにそんなガッチガチなフォームで3Pなんて入んねーよ。焦りすぎ!」

 

 そういって佐々木は肩をはたくと俺の横を抜けていった。そんなこと、わかってる。

 

  この時期風通しのいい更衣室での着替えは少し肌寒い。ぱっぱと着替えを済ませ後輩たちに挨拶をして扉を開く。開いた瞬間に入ってくる風に身が縮む。明日からヒートテック着てこようかな。

 

 「おーい、純。マックいくべー。」

 

 「おっけー、部室のカギ返してくるから正門で待ってて。」

 

 急いで体育館からのびる渡り廊下を走り校舎に入って、右奥にある職員室へと向かう。ついたり消えたりする古びた蛍光灯に照らされ一人で歩いていると一人の女子生徒が出てくる。あれは、柳飛鳥だ。どうやら体育館のカギとバド部を返しに来ていたようだ。体育館のカギは月ごとにバド部とバスケ部が交代で返すようになっている。体育館のカギは職員室手前の部室のカギかけに置くとは別に職員室奥にいるいいがかりがいちいちめんどくさい体育教師に返さなければいけないので少し難儀なのである。来週からまたあの体育教師に小言を言われると思うと嫌になる。

 

 「あ、森本くん。お疲れ!」

 

 「お疲れ。」

 

 そう返事すると柳さんは点滅する蛍光灯の奥へと消えていった。カギを返しに行くのはめんどくさいがただこの瞬間が至福だ。唯一の会話の場。たかだか1往復の会話にも見えるかもしれない。ただクラスも部活も委員会も違う俺にとっては唯一無二の交流の場なのだ。その中で俺の中で大きな転機が訪れた。カギ返しで毎週あっていたある日に、

 

「いつもお疲れ。バスケ部の人だよね。名前なんて言うの?」

 

 そう聞かれたときはまさか話しかけられるとは思っていなかったから心臓がのどから飛び出るかと思った。この日を境に柳飛鳥という存在と全くかかわりあうことのない世界から脱出した。職員会議でカギを返せなくて待っているときにはおしゃべりできるようにもなった。カギ返しを命じてくれたキャプテンには感謝しないとな。

 

 カギを返し終えると、高まる高揚感を抑えながら先生たちに一瞥して何事もなかったように職員室を出て、佐々木や相良の待つ正門へと向かった。

 

 「おせーなー、なんしてたんだよ。」

 

 「普通なら返すのはキャプテンの仕事のはずなのに平部員の俺がカギを返すことになっているからしゃーないだろー。いうならキャプテンに言えよなキャプテンに。」

 

 「誰だよキャプテンー。」

 

 「てめえだよ。」

 

 そういって佐々木のがっちりとした肩をひっぱたく。あははは。とさわやかに笑う佐々木はやはり憎めない。

 

 ここ田上東中学校はザ・田舎といったような立地であるがゆえにマックに行くのも一苦労だ。チャリで片道30分。マックのためだけに行きかえり1時間を費やすと考えるとバカのようにも思えるがこれが田舎っぺの俺たちが唯一都会を感じれる場所だった。スタバに行こうと昔なったこともあるが田舎の俺達にはまだ早く何がおいしいかもちんぷんかんぷんであげくにトールサイズ?なんてのも訳が全然分からなかった。恥をかいた俺たちは高校生になってからだな、という結論に落ち着いた。

 

 田舎道を数分、国道に出て明かりの下をひたすら漕ぎ続けるときらびやかなビルや建物が並び始めた。めまぐるしく走る車やバイク。たくさん並ぶ標識に100mおきにある信号。どれも自分たちの住む町にない光景ばかりだ。チャリで30分かかるといえどさえれど30分の距離だ。どうしてそれぐらいの距離でここまでの違いがあるのだろうか。

 

 マックにつき、一通り注文を済ませポテトをかじりながらだべっているとわいわいはやいだ女子生徒たちの声が店内に入ってくる。するとマックシェイクを飲んでいた俺の頭を相良がたたいた。器官に入りむせ咳が落ち着かないままなんだよとにらんだ。

 

 「おい、東中のバド部じゃん。」

 

 「飛鳥ちゃんもおるやん!」

 

 小声で興奮する俺たちに気づいた彼女たちのグループがこちらに話しかけてきた。

 

 「あれ?バスケ部じゃん。こんなとこまで来るなんてもの好きだね~」

 

 「いや、それはお互い様だろ。」

 

 はははと笑いあうと、そこからは他愛のない会話で通路を挟んで1時間ほど盛り上がった。教師の愚痴、部活の雰囲気、彼氏彼女はいるかで盛り上がりちょうど柳さんのところで柳さんが立ち上がった。

 

 「あー、こんな時間だ。帰らないと。ごめんねー、聞き逃げみたいな感じになっちゃって!」

 

 「えー、それずるくねー。」

 

 「しょうがないよ、飛鳥は少し家の事情があるからね。バイバイ飛鳥。」

 

 「またね!」

 

 そういって笑顔を見せると店を出て行った。しかしなぜだろう、外を向く瞬間はかなく小さくなったような気がした。

 

 「家庭の事情って門限的な?」

 

 「んー、詳しくは聞いてないけどそんなとこだと思うよ。あの子育ちがいいからなー。」

 

 「育ちがいいのはなんとなくわかるよ。竹林と違って。」

 

 そういって竹林を指さして相良が笑うと竹林はうるさいと言ってぷりぷりしている。家庭の事情か、なんなんだろうな。まあ、人の家族に介入するもんでもないしと思い直し、会話へと混ざった。そんなこんなで盛り上がっていると10時になったことに気づいた。さすがに帰らないとということになりマックを後にし、それぞれの帰路へとついた。たまたま相良と俺は同じ方向だったので途中からは二人でチャリを漕いでると相良が突然神妙な面持ちになった。

 

 「なあ、純。飛鳥ちゃんに彼氏がいるって話し合ったやん。」

 

 突然の話に小さく心臓が跳ねる。

 

 「あー、あったね。それがどしたん。」

 

 精一杯平常心を装って返事する。少し声が震えたかもしれない。

 

 「まあ、あくまで噂なんだけどね。」

 

 「もったいぶらずにはよ教えろよ。」

 

 「翔平らしいで。ほんとかどうかは知らん。」

 

 声にならない声がでる。翔平ー。その名前の響きの強さに心の中でガラスが割れていくのを感じた。向かい風の強さで思うように自転車が進まない。はあはあと息遣いが荒くなる。

 

 「それがほんとならさ、どうしてあいつ教えてくれないんだよ。」

 

 「だから噂だってば!でも割とほんとくさいけどね。ほんと俺らに教えねーなんて水くせーよなー。」

 

 相良の言葉がまともに入ってこない。柳さんに彼氏。やっぱり柳さんの彼氏は翔平。ただこれだけの言葉と背中に刻まれた5のビブスが脳内を走り回っていた。

1-1

  自転車を漕ぐ。隣にはブロンド色の光沢を輝かせながらなびく髪。透き通るような白い肌に血色よく薄赤く染まる頬。僕にとってまるでひだまりのような存在の少女。そんな彼女が今僕の隣にいる。緊張で今にも気がどうにかなりそうなはやる気持ちを抑え今、隣にいる。我ながらよく放課後にデートなんかに誘えたなと思う。まずよくオッケーをもらえたなと。

 

 「映画なんて久しぶりだなあ、3年ぶりかもしれないなあ!」

 

 彼女は僕に語り掛ける。そしてうなずく僕。いや、何やってんだよって、もっとまともに返答できないのかって。心の中の僕が叫ぶが体はどうにもついてこない。よくバイトの面接で長所はコミュニケーション能力とか言えたもんだ。でもまあこの自信は確かなものだった。小さなころからポジティブでコミュニケーション能力は高くおばちゃんたちにも好かれていた。割と運動神経もよかったし頭のほうもそこそこ、顔もまあ悪くはないと思う。そんな自分でもかわいい女の子、ましてや好きな女の子の前では無力だ。情けないがへこたれるんじゃないぞ!また心の中の僕が叫ぶ。そうだ、まだデートは始まったばかりだ。

 

 「でもまさか純くんがサーモンモンキーシリーズ大好きだなんて知らなかったよ!1~3は全部観たの?」

 

 「もちろん。特にお気に入りは1のクライマックスかな。あれをみたら虜にならない人なんていないよね。」

 

 「奇遇!私もそう思う!あと3でスチュワートのセリフもかっこいいよね。『死を前にして抗うことは醜いことじゃない。ただ何を想い抗うかによってくる。お前の抗いは醜さしかない。それがお前の死ぬ理由でもあり負けた理由だ。』もう人生のバイブルになりそうだよ。ところで2作目っていうのはどうしてどの作品でも駄作になっちゃうのかな。」

 

 目を輝かせ子犬のようにはしゃぐ彼女はやはり可愛い。唯一の懸念材料はこんなにかわいい子が隣にいて映画に集中できるかどうかだけだ。

 

 田舎町から自転車を漕ぐこと30分。こうこうと照らされた看板に生える「影の坂シネマ」の文字が目に入る。やっと着いたね!遠かったー。と声を漏らす彼女は疲れた声とは裏腹にずんずんと前へと突き進む。気づけば太陽が照らす空は澄んだ青色から橙色へと変わっていた。街路わきにいるであろう姿の見えない虫たちが鳴いている。ひゅぅっと吹く風に肩をすくましながら彼女に置いて行かれないようにと必死でついていく。

 

 「あ、学生証忘れたよ~。いや、急に誘われてきたんがから私は悪くないか。悪いのは純くんだよ。これは。」

 

 いやいや、学校来る時ぐらい学生証持ってくるだろ。冷静に突っ込むと彼女はぷくっとむくれ渋々財布を開け始めた。ブラウン色に2本のホワイトの線が2本入ったおしゃれな財布から整った1000円札が顔をのぞかせる。僕の財布とは違ってレシートの束などは見当たらない。

 

 「もしかしてカップルの方ですか?」

 

 「ほえ?」

 

 気の抜けた声が口からこぼれる。カップル。いやいやそんなたいそうなものでは。そんなことを考えながら頬をほころばせる。幸か不幸か隣の飛鳥は何も聞いていなかったようだ。

 

 「今日はカップル割の日ですので学生割引よりもお安くなりますよ。」

 

 「ほんとに!じゃあそれでお願いします!」

 

 そういうと飛鳥の頬もほころんだ。まあ、ほころんだ意味はそれぞれ違うのだろうけど。

 

 売店でポップコーンとドリンクを買おうと飛鳥が提案してきたので従うことにして売店へ向かった。キーホルダー、缶バッチ、したじき、ぬいぐるみ・・・。たくさんのバリエーションのグッズが並ぶ。サーモンモンキーシリーズのコーナーに並ぶsold outの文字が誇らしげに仁王立ちをする。対面にいるデッドオブモンスターシリーズのぬいぐるみたちは心なしか小さく見える。今度観にいってあげようかな。いや、佐々木が確かつまんないって言ってたな。やめとこう。

 

 ポップコーンのキャラメル味1つとコーラ2つで!と明るく響いてくる。本当に飛鳥は明るい。いつも周りには人がいる。可愛くて運動神経がよくておしゃべり上手で人付き合いが本当にうまい。頭が少し悪いのが玉に瑕だけどそこはご愛敬だ。人が集まる理由しか残っていない。いろいろな男にアプローチを受けているというのはうわさでよく聞くが付き合ったなんて話は一度も聞いたことがない。好きな人がいるからって断るのが常套手段らしい。それが僕であってくれ。なんて思う男子生徒はたくさんいるだろうしそれを願ってアタックして玉砕人も数少なくないだろう。よく言えば人付き合いがうまく愛嬌のある子だが悪く言えば思わせぶりともとれる。そのために恨みつらみを持つ男も少なくない。

 

そんな飛鳥に惹かれた一人の僕だが実は中学高校と同じで今年初めて同じクラスになった。中学2年生の時、クラスは違ったけど放課後にバスケ部に所属していた僕はバドミントン部と共用で体育館を使用していた。休憩中にふと目をバド部ヘ向けると体育館でもひときわ目立つ姿。気が付けば飛鳥に目がとらわれていた。みんなにいじられるんじゃないかとはっとしたが余計な心配だった。周りを見渡すと喋りに夢中だった数名を除いてほとんどが僕と同じように目が釘付けになっていた。それほど彼女は昔からクラスどころか学校のマドンナ的存在だったのだ。

1ー1

『拝啓未来のおれへ

よっ!元気にしてるか〜?おれは元気!キン消しとねりけしいっしょに入れといたからな!未来のおれがすげー喜んでくれよな!

 

あと仕事はなんなのかな、今のおれは野球選手になりたいんだけど叶ってるといいなー。てか叶ってるよな?(笑)おれの松井ひできばりのバットコントロールならドラ1きょう合になってることまちがいなし!そうとなると気をつけて欲しいのはケガだな、ケガほどスポーツせんしゅにおいてもったいないものはないって父ちゃんが言ってたこと忘れんなよおれ!

 

あと友達は大事にしろよ!絶対だからな!

 

4ー2山下秀太』

 

 

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 ズキン

 

 その気だるい痛みで目が醒める。どうやら二日酔いのようだ。

 

 枕元のレトロなアナログ時計に目を向けると長針短針仲良く12を指差している。鉛のように重く沈むような身体を起こしテーブルの上に置かれた袋の中のパンを毟るように食べ、その勢いでリモコンを手にテレビをつける。昼の情報番組の人たちが手を替え品を替え俺たちに情報を叩きつけ、出演者はそれをアシストするように盛り上げそのボルテージが高まったところでCMへと流れてゆく、そんないつもの常套手段を眺めながら微かに残る昨日の記憶を辿る。が、どうにも思い出せない。何か大切なことがあった気がするのだが。まあこれはいつものことで記憶をなくした後はなぜかいつも大切なことを忘れているような気だけして実際はバカみたいに飲んで吐いて女を抱いたぐらいの欲にまみれた醜い自分がいるという事実があるだけなのだから気にするだけ無駄なことなのだが。

 

 そんなこんな色々と頭でめぐらしているうちに今日2限目からの授業を2週連続ですっぽかしたことに気づく。もうそろそろ本格的に単位が怪しいかもしれない。また教授にゴマを擦りまくる時期がやってきたことが億劫で仕方がない。大学入る前は『単位落としたあ〜、留年かもしれなーい』などと普通は実力不足、または自堕落な生活が招いた失態であるにもかかわらず自分はいかにも大学生しているんだと自慢する溢れんばかりのFラン大学生のツイートに嫌気がさしたものだったがいざ大学生になってみるとそうなってしまうのである。人間とはつくづく自分に甘く自己嫌悪に満ちた生き物なのだと思い知り、それと同時に自戒の念が重くのしかかることが窮屈で仕方がない。仕方がないのでコーヒーでも飲んで気分を紛らわすことにする。まあいわゆる『逃げ』である。

 

 ピロン、ピロピロンピロピロピロン、急な電子音に肩を思わず上げる、どうやら昨日の飲み会の写真がグループラインに送られてきたようだ。コーヒーメーカーで作ったコーヒーをすすりながらラインを開く。…コーヒーがまずくなるほどの自分が醜態を晒している写真で溢れている。一体おれはどんな顔をして次サークルに行けばいいのだろうか。とりあえずお猪口を頭に3つ乗せ、変顔をキメている写真をグループに載せるのはやめていただきたい。

 

「昨日の飲み会の写真です!また行きましょう!」

 

「写真ありがとう!」

 

「ありがとー!」

 

「ありがとうございました!🙇‍♂️」

 

「ありがとんこつー!」

 

 と、三者三様な様々なバリエーションの『ありがとう』が白い吹き出しで積み重ねられてゆく。おれはあえてありがとうは送らない。会話に飛び出すと間違いなく捕まり醜態をいじられるのは間違いない。そう思い折りまげる部分に深くシワが刻まれた手帳型のスマホを置くやいなや再び電子音が響く。一抹の不安を覚え恐る恐る手帳を開く。角田からだ。

 

 「やっほー!久しぶりー!元気?」

 

 「今年のお盆こっち帰ってくるよね?帰ってきたら報告したいことがあるんだ!」

 

 ほっと息をついて安堵し再び画面を見る。彼女とは小学校中学校の同級生で、高校こそ離れたものの離れてからもたまに連絡を取ったりご飯を食べに行ったりする仲だ。性格はおれと違って楽天家であるが正義感は強くしっかりしている。度々彼女を下に見てしまうがたまに尊敬する。そう、たまに。

 

 しかしなんだろう、報告したいこととなると結婚ぐらいしか思い浮かばないが。すぐに問い詰めてみようと思ったがすぐ手を止めた。興味津々であることを悟られたくない。よし、15分放置してから返信しよう。変にからかわれるのは癪だ。そういえば4時からバイトだったな、バイト前にちょろっと返信でもしてあげよう。

 

 歯を磨き、私服に着替え髪をセットしバイト先である大学前の有名コンビニチェーン店へ向かう。…しかし頭が痛い。どんだけ昨日飲んだんだよおれ。と、また頭を巡らせていると大学のサークル友達にばったり会ってしまった。思わずあーあと声を上げる。

 

「昨日サイコーやったな!あれまたやってくれや!」

 

 彼はそう笑い飛ばすが何をやったのか検討すらつかないのでとりあえず任せろとだけ言ってその場を去る。おれはもしかするとあの写真から分かる醜態以上のとんでもないことをしたのではないか。酒とは怖いものでシラフの時の性格と全く違うのが飛び出てしまう人がいる、つまりおれなんだが。しかしたまに酒によっておれの真の性格が出てしまっているのではないかと思うことがあるし、そういう人も多いがあれが真の性格ならあまり目立ちたくない『真』のおれからすると幻滅だ。シラフの時とのギャップが悪い意味で激しすぎる、このギャップはギャップ萌えとかいう可愛いものではない、もはや可哀想なものだ。

 

そうこう悲観しているうちにバイト先に着く。今日はおにぎり100円セールの真っ只中ということもあり都会の高いビルに囲まれた中にあるこの小さな箱はとても賑わっている。

 

「いらっしゃっせー、あ!先輩早いっすね!もう変わってくれるんっすか?」

 

 「アホ、変わるわけないだろ。給料の不正受給しようとすな」

 

 相変わらず能天気な後輩を適当にあしらいロッカールームに浸る。さて、適当に角田に返信でもするかな。

 

「帰るけど、なんなん報告て。」

 

 「それは帰ってきてからのお楽しみよん!」

 

 異常に早い返信に若干引きつつも適当にスタンプを返しラインを切る。なんの躊躇もなく緊急でもないラインをすぐに返せる彼女を少しは見習わなければならない。

 

「よっちゃん早いのね〜、今日は忙しいわよ〜」

 

そう呼ぶ声へと振り向くとパートの倉田さんがドカンとソファーへと座り込む。ギシギシと軋むソファー。そろそろ新しいソファーに変えて欲しい。

 

 「あ、そうそう昨日の夜店長が自宅にいる時に心不全で倒れちゃったらしいのよ」

 

 「え、それ大丈夫なんですか?」

 

 「ちょっと危なかったらしいんだけどなんとか一命をとりとめて今は峠も越えて大丈夫みたいよ。ほんと怖いわねえ、私もいつ急に心筋梗塞やらくも膜下出血やらがくるかわからないから心配だわ」

 

 「ほんとですよね、体に気をつけてくださいよ」

 

 「本当に思ってるのー?まあ確かに私がいなくなったらあなたたちの負担が増えるもんねえ、でもその分取り分は増えるからトントンね!」

 

 そういうと大声で笑う彼女に苦笑いを浮かべ商品の陳列をしに行こうと思ったその時バイト中にもかかわらず少し聞く耳を傾けていたのであろう須田がシフトの時間を終えて戻ってきた。

 

 「店長大丈夫っすかねー?峠を越えたとはいえ怖いっすわ」

 

 「うーん、医学にはあんまり詳しくないけど大丈夫だったのに急に状況が暗転とかよく聞くものねえ…」

 

 「しかし心不全とかくも膜下出血とかってなったときどんな感じなんっすかね、頭とか胸をガーンって金属バットで殴られたりした感じなんっすかねえ」

 

 ズキン

 

 急に頭がまた痛くなる。くも膜下出血脳卒中の話をしてる時に縁起でもない。

 

 「あら、よっちゃん大丈夫?頭痛そうだけど、まさか脳卒中じゃないでしょうね…?」

 

 「そんなわけないじゃないですか。昨日酒を飲みすぎて朝から調子悪いんですよ。脳卒中も怖いですけどアル中も怖いですねこれは。もう少し自粛します。」

 

 そう言い上を見上げるとちょうど4時になった。暗くしぼんだ会話を切り、それでは失礼しますと一言落として2人を置いたロッカールームを出た。

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「はーい席に着いてー。こら、山下くんもうふざけないの。着席の予鈴が鳴ったんだから静かに座りなさい。さて、今日の学活はうちの小学校で行なわれる2分の1成人式恒例のタイムカプセルを書く時間となってます。このタイムカプセルには未来のあなたたちへの手紙とそれと一緒にもし入れたいのなら今の宝物や好きなものを同封してもいいかもしれませんね。なに?角田さん。ああ、手紙に何を書けばいいのか困ってるのね。それは10年後大人になったあなたたちに向けてエールでもいいし、今の現状について書いてもいいし。なんなら今の将来の夢を描いて将来のあなたたちが実現しているかをドキドキワクワク楽しむのもいいでしょう。まあ要するに好きなことを書いていいわけです。そんな将来のあなたたちにメッセージをこの時間で書いてもらいますからね。早く終わった人は宿題なり本を読むなりして静かに他の人の邪魔にならないように過ごしてくださいねー。」

 

「そんなこと言われても困るよなー、なによりこれを書いて見返す時の将来の自分が一番困るんじゃないか?」

と、秀太はぶつくさと難癖をつけている。そんなことないよ、見返す時にきっとみんな笑いながらいじりあったりしていいものになると思うよ。と言うと秀太は共感を得られずムッとした表情をしたが彼は単純な性格ゆえにそっか!と返事をしさっきまでの態度を180度変えそそくさとタイムカプセルの中に入れる手紙を書き始めた。挙げ句の果てにはタイムカプセルと一緒に今日発売のジャンプも一緒に入れようぜ!と言うほどノリノリになる始末でこれには僕も苦笑いした。

「ジャンプなんか太すぎて入るわけないじゃない。タイムカプセルのサイズを過大評価しすぎだよ」

と横で康博がため息混じりに呟いた。

「あ?いいだろうがよータイムカプセルの大きさは個人の器の大きさなんだよ。おれのタイムカプセルにはジャンプどころかピックアップトラックぐらいも入るぜ」

もはや意味のわからない返しの挙句にタイムカプセルそのものの概念を履き違えてないか?と思ったが康博が自分が思ったこととほぼ同じことを代弁してくれたので無駄な労力を使わずに済んだ。

「じゃあお前は何入れるんだよ」

「んー、僕が頑張って勉強した証のこの赤鉛筆にでもしようかなー。いや、消しゴムでもいいな。」

「面白みがねーなー。将来の自分が見てなんて思うんだよそれ。おお!赤鉛筆じゃねえかァ!とかなるわけないだろ?頭が固い人は先が読めないね」

「そもそも入れれるわけもないジャンプを候補に入れる君の方が先を読めてないと思うけど。」

「じゃあ赤マルの方にでもするか…」

「いや、そう言う問題じゃないだろ」

なんだかんだ仲もよく掛け合いの続く2人を尻目に手紙を書く。対して深く考えて書くようなものでもないんだろうけどどうも真面目に書きすぎてしまう。そう言う点でいうと秀太の方が羨ましい。たぶん適当に3行ぐらい書いて文字の勢いで終わらせるのだろう。

「おいおい、真面目に書きすぎだろー!なんだよ、拝啓未来の僕へ。て。自分相手にそんな堅苦しくなくていいだろーがよー、おれらはまだ小学生なんだから小学生らしく似顔絵でも書いときゃいんだよ!」

秀太らしすぎる返答に苦笑いを浮かべつつここまでストレートに否定されると恥ずかしさも出てくる。あれ?この書き出しは普通じゃないか?なんで僕が恥じる側なんだ?

「手紙なんだから拝啓から始めるのは基本中の基本だよ。これを書かなければ誰に当ててるのかがわからないじゃないか。」

咄嗟に康博がフォローを入れてくれたおかげで湧き上がるような頬をほとばしる熱は徐々に冷めていくような心地がした。落ち着きを取り戻した僕も秀太に言い返す。

「拝啓を書かずに始めるって言ったらスタートが何もない状態で走り出すようなもんだよ。秀太にわかりやすくいうと甲子園の最初のウ゛ゥーーーーのサイレンなしで甲子園の試合が始まっちゃうような感じになっちゃうよ。だからあった方がいいでしょ」

ちょっとズレてるような気もしたけど秀太はなるほどなるほどと頷くと早速手紙に「拝啓未来の俺へ」と書き始めた。あまりにも単純すぎて秀太少し将来が心配になった。

「はーい、みんな書き終わったね?もし書き終わってないのならそれは宿題として来週までに提出すること。えー。とか言わないの。この時間ペチャクチャ喋ってたあなたたちが悪いんだからね。来週まで待ってあげるだけ温情だと思いなさいよ。とにかく一緒に入れるものは別になくてもいいんだから手紙だけは書きなさいね。それじゃあ書けた人は後ろから前に手紙を送って集めてください」

 

帰り道僕は秀太と一緒にいつも通り帰った。僕たち2人はアパートが同じで幼稚園の頃からの仲だ。なぜここまで性格が反対の2人がそんなに仲良いの?とよく聞かれるがつまりそういうことである。

「はー、ジャンプ却下されたから結局キン消しとネリケシ入れといたわ。未来の俺もこれには喜ぶだろうな〜」

あまりにもありきたりな同封物で未来の秀太はがっかりするんだろうなーと思うと思わず笑いそうになったがここで笑うと長年の付き合いでなぜ笑ったかが瞬時にバレそうだったのでグッとこらえ微笑を保った。

「勇気はなに入れんの?」

「僕はねー、泥団子入れるよ。僕の最高傑作だよ」

「お前ありきたりだなー。キングオブありきたり大賞最優秀作品になれるぞ」

お前には言われたくないと思ったがつい口に出てしまったようで頭を1発殴られた。理不尽だ。

「じゃあなー。明日は学校4時間だからよ、〇〇公園で野球しようぜ!」

「いいよー。僕も何人か人を集めとくよ。秀太も集めといて。」

「おうおう任せろ!」

そう言って秀太はアパートの3階へと消えて行った。さて、グローブどこやったっけ…探さないとな…

 

 

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『拝啓未来の僕へ。

 元気にしてますか?今の僕は体が弱く体を壊しがちだからそこが一番心配です(笑)僕の将来の夢は立派な理科の研究員になることです。その夢を果たせていますか?果たせていなくても僕のことだからなんとなく頑張ってやっていると思うので心配はしていません。

それよりも秀太とはまだ仲が良いですか?これが一番気になります。僕はなにかと秀太とは違うからいつか仲違いが起きるんじゃないかと心配です。とかいいつつ8年間ずっと仲良くやってきたんだけど(笑)

僕はこの10年間たくさんの人と知り合いましたがそのほとんどが秀太のおかげです。あまり言ったりすることはないけどほんとに感謝しています。あれ、なんか秀太への手紙みたいになってるなこれ(笑)まあいいか(笑)とりあえず総括して僕が伝えたいのは秀太を始め、今までできた秀太をはじめとするたくさんの友達をなによりも大切にしてほしいです。そしてそのことを一番に置いた上で10年後の僕の夢や目標を目指してほしいなと思います。長くなりましたけどこれで終わろうと思います。

4年2組吉持勇気』