1ー1

『拝啓未来のおれへ

よっ!元気にしてるか〜?おれは元気!キン消しとねりけしいっしょに入れといたからな!未来のおれがすげー喜んでくれよな!

 

あと仕事はなんなのかな、今のおれは野球選手になりたいんだけど叶ってるといいなー。てか叶ってるよな?(笑)おれの松井ひできばりのバットコントロールならドラ1きょう合になってることまちがいなし!そうとなると気をつけて欲しいのはケガだな、ケガほどスポーツせんしゅにおいてもったいないものはないって父ちゃんが言ってたこと忘れんなよおれ!

 

あと友達は大事にしろよ!絶対だからな!

 

4ー2山下秀太』

 

 

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 ズキン

 

 その気だるい痛みで目が醒める。どうやら二日酔いのようだ。

 

 枕元のレトロなアナログ時計に目を向けると長針短針仲良く12を指差している。鉛のように重く沈むような身体を起こしテーブルの上に置かれた袋の中のパンを毟るように食べ、その勢いでリモコンを手にテレビをつける。昼の情報番組の人たちが手を替え品を替え俺たちに情報を叩きつけ、出演者はそれをアシストするように盛り上げそのボルテージが高まったところでCMへと流れてゆく、そんないつもの常套手段を眺めながら微かに残る昨日の記憶を辿る。が、どうにも思い出せない。何か大切なことがあった気がするのだが。まあこれはいつものことで記憶をなくした後はなぜかいつも大切なことを忘れているような気だけして実際はバカみたいに飲んで吐いて女を抱いたぐらいの欲にまみれた醜い自分がいるという事実があるだけなのだから気にするだけ無駄なことなのだが。

 

 そんなこんな色々と頭でめぐらしているうちに今日2限目からの授業を2週連続ですっぽかしたことに気づく。もうそろそろ本格的に単位が怪しいかもしれない。また教授にゴマを擦りまくる時期がやってきたことが億劫で仕方がない。大学入る前は『単位落としたあ〜、留年かもしれなーい』などと普通は実力不足、または自堕落な生活が招いた失態であるにもかかわらず自分はいかにも大学生しているんだと自慢する溢れんばかりのFラン大学生のツイートに嫌気がさしたものだったがいざ大学生になってみるとそうなってしまうのである。人間とはつくづく自分に甘く自己嫌悪に満ちた生き物なのだと思い知り、それと同時に自戒の念が重くのしかかることが窮屈で仕方がない。仕方がないのでコーヒーでも飲んで気分を紛らわすことにする。まあいわゆる『逃げ』である。

 

 ピロン、ピロピロンピロピロピロン、急な電子音に肩を思わず上げる、どうやら昨日の飲み会の写真がグループラインに送られてきたようだ。コーヒーメーカーで作ったコーヒーをすすりながらラインを開く。…コーヒーがまずくなるほどの自分が醜態を晒している写真で溢れている。一体おれはどんな顔をして次サークルに行けばいいのだろうか。とりあえずお猪口を頭に3つ乗せ、変顔をキメている写真をグループに載せるのはやめていただきたい。

 

「昨日の飲み会の写真です!また行きましょう!」

 

「写真ありがとう!」

 

「ありがとー!」

 

「ありがとうございました!🙇‍♂️」

 

「ありがとんこつー!」

 

 と、三者三様な様々なバリエーションの『ありがとう』が白い吹き出しで積み重ねられてゆく。おれはあえてありがとうは送らない。会話に飛び出すと間違いなく捕まり醜態をいじられるのは間違いない。そう思い折りまげる部分に深くシワが刻まれた手帳型のスマホを置くやいなや再び電子音が響く。一抹の不安を覚え恐る恐る手帳を開く。角田からだ。

 

 「やっほー!久しぶりー!元気?」

 

 「今年のお盆こっち帰ってくるよね?帰ってきたら報告したいことがあるんだ!」

 

 ほっと息をついて安堵し再び画面を見る。彼女とは小学校中学校の同級生で、高校こそ離れたものの離れてからもたまに連絡を取ったりご飯を食べに行ったりする仲だ。性格はおれと違って楽天家であるが正義感は強くしっかりしている。度々彼女を下に見てしまうがたまに尊敬する。そう、たまに。

 

 しかしなんだろう、報告したいこととなると結婚ぐらいしか思い浮かばないが。すぐに問い詰めてみようと思ったがすぐ手を止めた。興味津々であることを悟られたくない。よし、15分放置してから返信しよう。変にからかわれるのは癪だ。そういえば4時からバイトだったな、バイト前にちょろっと返信でもしてあげよう。

 

 歯を磨き、私服に着替え髪をセットしバイト先である大学前の有名コンビニチェーン店へ向かう。…しかし頭が痛い。どんだけ昨日飲んだんだよおれ。と、また頭を巡らせていると大学のサークル友達にばったり会ってしまった。思わずあーあと声を上げる。

 

「昨日サイコーやったな!あれまたやってくれや!」

 

 彼はそう笑い飛ばすが何をやったのか検討すらつかないのでとりあえず任せろとだけ言ってその場を去る。おれはもしかするとあの写真から分かる醜態以上のとんでもないことをしたのではないか。酒とは怖いものでシラフの時の性格と全く違うのが飛び出てしまう人がいる、つまりおれなんだが。しかしたまに酒によっておれの真の性格が出てしまっているのではないかと思うことがあるし、そういう人も多いがあれが真の性格ならあまり目立ちたくない『真』のおれからすると幻滅だ。シラフの時とのギャップが悪い意味で激しすぎる、このギャップはギャップ萌えとかいう可愛いものではない、もはや可哀想なものだ。

 

そうこう悲観しているうちにバイト先に着く。今日はおにぎり100円セールの真っ只中ということもあり都会の高いビルに囲まれた中にあるこの小さな箱はとても賑わっている。

 

「いらっしゃっせー、あ!先輩早いっすね!もう変わってくれるんっすか?」

 

 「アホ、変わるわけないだろ。給料の不正受給しようとすな」

 

 相変わらず能天気な後輩を適当にあしらいロッカールームに浸る。さて、適当に角田に返信でもするかな。

 

「帰るけど、なんなん報告て。」

 

 「それは帰ってきてからのお楽しみよん!」

 

 異常に早い返信に若干引きつつも適当にスタンプを返しラインを切る。なんの躊躇もなく緊急でもないラインをすぐに返せる彼女を少しは見習わなければならない。

 

「よっちゃん早いのね〜、今日は忙しいわよ〜」

 

そう呼ぶ声へと振り向くとパートの倉田さんがドカンとソファーへと座り込む。ギシギシと軋むソファー。そろそろ新しいソファーに変えて欲しい。

 

 「あ、そうそう昨日の夜店長が自宅にいる時に心不全で倒れちゃったらしいのよ」

 

 「え、それ大丈夫なんですか?」

 

 「ちょっと危なかったらしいんだけどなんとか一命をとりとめて今は峠も越えて大丈夫みたいよ。ほんと怖いわねえ、私もいつ急に心筋梗塞やらくも膜下出血やらがくるかわからないから心配だわ」

 

 「ほんとですよね、体に気をつけてくださいよ」

 

 「本当に思ってるのー?まあ確かに私がいなくなったらあなたたちの負担が増えるもんねえ、でもその分取り分は増えるからトントンね!」

 

 そういうと大声で笑う彼女に苦笑いを浮かべ商品の陳列をしに行こうと思ったその時バイト中にもかかわらず少し聞く耳を傾けていたのであろう須田がシフトの時間を終えて戻ってきた。

 

 「店長大丈夫っすかねー?峠を越えたとはいえ怖いっすわ」

 

 「うーん、医学にはあんまり詳しくないけど大丈夫だったのに急に状況が暗転とかよく聞くものねえ…」

 

 「しかし心不全とかくも膜下出血とかってなったときどんな感じなんっすかね、頭とか胸をガーンって金属バットで殴られたりした感じなんっすかねえ」

 

 ズキン

 

 急に頭がまた痛くなる。くも膜下出血脳卒中の話をしてる時に縁起でもない。

 

 「あら、よっちゃん大丈夫?頭痛そうだけど、まさか脳卒中じゃないでしょうね…?」

 

 「そんなわけないじゃないですか。昨日酒を飲みすぎて朝から調子悪いんですよ。脳卒中も怖いですけどアル中も怖いですねこれは。もう少し自粛します。」

 

 そう言い上を見上げるとちょうど4時になった。暗くしぼんだ会話を切り、それでは失礼しますと一言落として2人を置いたロッカールームを出た。