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  自転車を漕ぐ。隣にはブロンド色の光沢を輝かせながらなびく髪。透き通るような白い肌に血色よく薄赤く染まる頬。僕にとってまるでひだまりのような存在の少女。そんな彼女が今僕の隣にいる。緊張で今にも気がどうにかなりそうなはやる気持ちを抑え今、隣にいる。我ながらよく放課後にデートなんかに誘えたなと思う。まずよくオッケーをもらえたなと。

 

 「映画なんて久しぶりだなあ、3年ぶりかもしれないなあ!」

 

 彼女は僕に語り掛ける。そしてうなずく僕。いや、何やってんだよって、もっとまともに返答できないのかって。心の中の僕が叫ぶが体はどうにもついてこない。よくバイトの面接で長所はコミュニケーション能力とか言えたもんだ。でもまあこの自信は確かなものだった。小さなころからポジティブでコミュニケーション能力は高くおばちゃんたちにも好かれていた。割と運動神経もよかったし頭のほうもそこそこ、顔もまあ悪くはないと思う。そんな自分でもかわいい女の子、ましてや好きな女の子の前では無力だ。情けないがへこたれるんじゃないぞ!また心の中の僕が叫ぶ。そうだ、まだデートは始まったばかりだ。

 

 「でもまさか純くんがサーモンモンキーシリーズ大好きだなんて知らなかったよ!1~3は全部観たの?」

 

 「もちろん。特にお気に入りは1のクライマックスかな。あれをみたら虜にならない人なんていないよね。」

 

 「奇遇!私もそう思う!あと3でスチュワートのセリフもかっこいいよね。『死を前にして抗うことは醜いことじゃない。ただ何を想い抗うかによってくる。お前の抗いは醜さしかない。それがお前の死ぬ理由でもあり負けた理由だ。』もう人生のバイブルになりそうだよ。ところで2作目っていうのはどうしてどの作品でも駄作になっちゃうのかな。」

 

 目を輝かせ子犬のようにはしゃぐ彼女はやはり可愛い。唯一の懸念材料はこんなにかわいい子が隣にいて映画に集中できるかどうかだけだ。

 

 田舎町から自転車を漕ぐこと30分。こうこうと照らされた看板に生える「影の坂シネマ」の文字が目に入る。やっと着いたね!遠かったー。と声を漏らす彼女は疲れた声とは裏腹にずんずんと前へと突き進む。気づけば太陽が照らす空は澄んだ青色から橙色へと変わっていた。街路わきにいるであろう姿の見えない虫たちが鳴いている。ひゅぅっと吹く風に肩をすくましながら彼女に置いて行かれないようにと必死でついていく。

 

 「あ、学生証忘れたよ~。いや、急に誘われてきたんがから私は悪くないか。悪いのは純くんだよ。これは。」

 

 いやいや、学校来る時ぐらい学生証持ってくるだろ。冷静に突っ込むと彼女はぷくっとむくれ渋々財布を開け始めた。ブラウン色に2本のホワイトの線が2本入ったおしゃれな財布から整った1000円札が顔をのぞかせる。僕の財布とは違ってレシートの束などは見当たらない。

 

 「もしかしてカップルの方ですか?」

 

 「ほえ?」

 

 気の抜けた声が口からこぼれる。カップル。いやいやそんなたいそうなものでは。そんなことを考えながら頬をほころばせる。幸か不幸か隣の飛鳥は何も聞いていなかったようだ。

 

 「今日はカップル割の日ですので学生割引よりもお安くなりますよ。」

 

 「ほんとに!じゃあそれでお願いします!」

 

 そういうと飛鳥の頬もほころんだ。まあ、ほころんだ意味はそれぞれ違うのだろうけど。

 

 売店でポップコーンとドリンクを買おうと飛鳥が提案してきたので従うことにして売店へ向かった。キーホルダー、缶バッチ、したじき、ぬいぐるみ・・・。たくさんのバリエーションのグッズが並ぶ。サーモンモンキーシリーズのコーナーに並ぶsold outの文字が誇らしげに仁王立ちをする。対面にいるデッドオブモンスターシリーズのぬいぐるみたちは心なしか小さく見える。今度観にいってあげようかな。いや、佐々木が確かつまんないって言ってたな。やめとこう。

 

 ポップコーンのキャラメル味1つとコーラ2つで!と明るく響いてくる。本当に飛鳥は明るい。いつも周りには人がいる。可愛くて運動神経がよくておしゃべり上手で人付き合いが本当にうまい。頭が少し悪いのが玉に瑕だけどそこはご愛敬だ。人が集まる理由しか残っていない。いろいろな男にアプローチを受けているというのはうわさでよく聞くが付き合ったなんて話は一度も聞いたことがない。好きな人がいるからって断るのが常套手段らしい。それが僕であってくれ。なんて思う男子生徒はたくさんいるだろうしそれを願ってアタックして玉砕人も数少なくないだろう。よく言えば人付き合いがうまく愛嬌のある子だが悪く言えば思わせぶりともとれる。そのために恨みつらみを持つ男も少なくない。

 

そんな飛鳥に惹かれた一人の僕だが実は中学高校と同じで今年初めて同じクラスになった。中学2年生の時、クラスは違ったけど放課後にバスケ部に所属していた僕はバドミントン部と共用で体育館を使用していた。休憩中にふと目をバド部ヘ向けると体育館でもひときわ目立つ姿。気が付けば飛鳥に目がとらわれていた。みんなにいじられるんじゃないかとはっとしたが余計な心配だった。周りを見渡すと喋りに夢中だった数名を除いてほとんどが僕と同じように目が釘付けになっていた。それほど彼女は昔からクラスどころか学校のマドンナ的存在だったのだ。